フランス料理やメキシコ料理、そしてタイ料理へ。都内の数々の名店をプロデュースし、料理長を務めてきた通称Chap(チャップ)さんこと、新宮彰さん。数年前に短期間ではありましたが、元代々木町のTANA dinerでランチ営業をしていた方です。
実はChapさんは、以前ご紹介したTANA dinerで料理を担当していたミカさんがお料理の師匠と仰ぐ方。そのChapさんが再びTANA dinerに帰ってきたとのことで、お話を伺ってきました!
ただただ、料理が好きだった
Chapさんは、とにかく料理が好きだと言います。そんなChapさんを料理の世界へ導いたきっかけや世界中の料理との出会いについて聞いてみました。
Chapさん:
「子どもの頃から料理が好きで、母親が外出している時に作ったりもしていたんですよね。うちは両親が外食好きだったこともあって、小さい頃からいろんなお店に連れて行ってもらったのも影響しているのかも。」
富ヶ谷新聞:
「そういう背景があって、学校を出てから飲食業の道に進んだんですか?」
Chapさん:
「高校生の頃、進路を考えていた時にホテルや飲食店に就職しようかなとぼんやり考えていたんです。当時ゴルフ部に入ってたこともあって、ゴルフを続けるというのも選択肢で。だけどその時は答えが出なくて、なんとなく大学に入ってみたんですよね。ただ、先輩の就職活動を聞いているとあまり良くなさそうだなと思って(笑)。それで結局大学は途中で辞めて、調理師学校に入りなおしました。」
富ヶ谷新聞:
「調理師学校では何を専門にされていたんですか?」
Chapさん:
「当時は和食とか、中華とか、それぞれ好きなものに分かれていたもののその時やりたい人がやりたいものを作るような感じでしたね。実習が洋食なら僕がやったり、中華なら他の人がやったりとか。やりたい人がやればっていう感じでグループで実習をやってました。」
富ヶ谷新聞:
「調理師学校では、特に料理のジャンルはまだ決まってなかったんですね。」
Chapさん:
「そうですね。その頃運よく厨房に入れるバイトを始めて、そこのチーフが新しいお店をやるから来ないかと声をかけてくれたんです。それでまた新しいところに行って勉強させてもらって、そうこうしてるうちに調理師学校も卒業して、どうしようかなと思いながらバイトを一旦辞めたんです。
で、ある時高校生の時から憧れていたフランス料理屋さんにお茶を飲みに行ったんです。そこでね、冗談で”バイト募集してないですか?”って聞いたら、バイトは募集していないけど修行する気があるなら聞いてあげるよって言ってくれてフランス料理の道に入ったんですよ。」
富ヶ谷新聞:
「高校生でフランス料理に憧れるっていうのがすごい!」
Chapさん:
「たまたまそういう有名な店を知っていたんですよ。それが、昔渋谷にあったシェ・ジャニーという、春田光治さんという方がオーナーシェフをしていたお店なんです。」
聞けば、そのお店はまだ日本がバブルに湧く前、当時は少なかった本格フレンチレストランの先駆け的な存在で、今も続く日本のグルメブームを牽引する存在だったのだとか。それにしても、若くして当時はそれほどなじみがなかったであろうフランス料理店に飛び込むとは、すごい行動力!まさにChapさんの“旅”の始まりを感じます。
尽きることのない食への探求。そして旅の始まり
Chapさん:
「食に興味があったんでしょうね。修行だから給料も安かったけど、それは仕方ない。夜中に店閉めてからみんなでご飯を食べるから帰る時間も遅くて、どうやって家に帰ろうかっていうのも考えてましたね(笑)。すてきな一軒家のフランス料理店だったんですよ。」
富ヶ谷新聞:
「その頃にいろんな世界の料理に出会ったんですか?当時は今ほどいろんな料理がまだまだ国内になかった時代ですよね。」
Chapさん:
「そう、オーナーにいろいろ連れてってもらったね。スペインは良かったなー。フランスももちろん良いけど、スペイン人はやさしいしね。フランスもいろんな人がいるから面白い国ですよ。」
富ヶ谷新聞:
「シェ・ジャニーにはどのくらいいらっしゃったんですか?そこがまさに本格的なChapさんの“食を追求する旅”の始まりだったようですが。」
Chapさん:
「4~5年かな。オーナーがフランスかぶれだから、7~8月はバカンスでお店閉めちゃうんですよ(笑)。だからその間はヨーロッパをひたすら回って行く感じで、それについて行ってました。
初めてフランスに行った時、早朝に到着したもんだからどこもお店がやってなくて、一軒シャンゼリゼに開いているカフェがあったんでみんなで入ったんです。そこでパンとチーズとワインを頼んだら、それだけですごくおいしかったんですよ!
それはもう感激して、その時にそういう軽い雰囲気のフランス料理をやりたいなって思いました。そして、その後ブラッスリーという名前の、日本語にするとビアホールみたいな感じかな、を独立して自分でオープンしたんです。」
富ヶ谷新聞:
「フランスで最初に出会った感動を形にされたんですね!4~5年で独立されて夢を実現したのもすごい!」
Chapさん:
「でもブラッスリーは3~4年で一旦閉めました。そこにまた、フランス料理を勉強していた方から運よく声がかかったんです。今度はタイ料理をやるってことで、洗練されたものを出してくれないかと。それがスパイラルビルの地下にあったお店のオープンで、これをきっかけにワコールに入社したんです。」
スパイラルビルと言えば、バブルの頃から東京のトレンドセッター的な存在だった場所。そこに当時は画期的だったタイ料理店をオープンし、料理長を務めたのがChapさんでした。
タイ料理との出会い
富ヶ谷新聞:
「元々フレンチだったのが、スパイラルのお店のオープンをきっかけにタイ料理を覚えたんですか?」
Chapさん:
「そう。ワコール入って、タイに研修で連れて行かれました(笑)。30歳にして初めてタイ料理を食べたんだよね。食べてみて、これはもっと早くから知っておくべきだった!って思った(笑)。昔、タイは若いうちに行けっていうコマーシャルがあったんだけど、若いうちに行くべきだったと本気で思いましたね!」
富ヶ谷新聞:
「その当時って、タイ料理は日本人にとってなじみがなかった食べ物ですよね。その前がフレンチだから、全く違う食文化に驚かれたりしましたか?」
Chapさん:
「なじみはなかったけど、渋谷のフレンチ修業時代の経験が活きたんですね。そこのオーナーが大使館付きであちこち行ってた人だったんです。ある時フランス帰りにベトナムに寄ってきて、ベトナム料理にすごい衝撃を受けたらしいんですよ。
そういうのを再現してまかないで出してくれてたわけ。それが40年以上前だから、その頃にパクチーを食べて、最初はえー!って思ったけど慣れるとおいしいんですよね。修行の場でそうやって慣れてたっていうラッキーもあって、タイ料理も抵抗なくすんなり受け入れられたっていうのがありますね。」
富ヶ谷新聞:
「いざタイ料理やってくれって言われたはいいけど、初めて食べて「うわ!!」ってビックリしちゃったら、ちょっと厳しいですもんね(笑)。」
Chapさん:
「頭がまだやわらかかったんでしょうね(笑)! フレンチ修業の時の師匠も柔軟で、おいしいものを何でも取り入れるっていう姿勢の人だったからその影響は大きいですね。
おいしいって思えたからきちんと勉強しないとって思って、タイの宮廷料理のクッキングスクールにも行きました。そこの先生がとても良いおばあちゃんで。当時はあまり宮廷料理を作る人っていなかったんだけど、今では王様に仕えてた人たちが独立していろんなところで宮廷料理のお店を開いてますね。」
料理の世界を旅するなかで広がる人脈
富ヶ谷新聞:
「ワコールに入ってからは何度かタイに行かれたんですか?料理の勉強もしつつ、人脈作りもしていたのでしょうか?」
Chapさん:
「そうね、タイにはしょっちゅう行ってたかな。人脈は意識はしてなかったけど、結果そうなってるよね。あとは向こうの文化を一生懸命吸収しようとしてた!スパイラルでお店をオープンした後、数年そこにいて、あの頃はバブルだったからいろんなところから声がかかったんです。気づいたらお店の立ち上げ屋みたいになってましたね!メニュー開発したり、お店の内装を考えたり。」
富ヶ谷新聞:
「都内のいろんなお店に影響を与えて、食文化を牽引していたんですね!そのなかで、今でもタイ料理にこだわっていらっしゃるんですね。」
Chapさん:
「そんな大げさなものではないし、どの国の料理にも魅力があるからジャンルにはこだわってないんだけどね(笑)!ワコール時代も、退社してからもタイには年に何度も行ってましたね。
その頃に、日本人がプーケットの無人島を開発してリゾートホテル作るっていう話があったんです。そこに行く予定だった人に会って、冗談で”料理長決まってなかったら僕が行くから責任者に言っておいて”って言ったの。
そしたら本当に話してくれて、担当者が社長に会ってくれと。会社名を聞いたことがあるような気がしてたんだけど、実際会ってみたら偶然高校時代の遊び仲間だったんだよね!それで、即決定!」
富ヶ谷新聞:
「すごい、バブリーな話!夢がありますね!」
Chapさん:
「決まったらあっという間に話が進んで、プーケットに行くことになりました!都内でもタイでも、いろんな場所にプライベートでも足を運んでいたことが、こんな風につながるんだなと実感しましたね。人生通してラッキーだったなって思います(笑)。」
富ヶ谷新聞:
「Chapさんの行動力と人柄が、いろんな人脈と運を引き寄せたんでしょうね!」
Chapさん:
「人脈で言うと、西麻布にあったクーリーズ・クリークっていうお店とか、トミーズハウスが一番濃いかな。あとはアダンっていうお店をやっている人とか。バブルだった時代に、都内でいろんなことをやっていた人たちで、今でも仲良くしてもらってます。みんなおじいちゃんになっちゃったけどね!」
お話を聞いてビックリ。余談ですが、実はクーリーズ・クリークが白金高輪にレストランとして移転した後、よく私もランチに行ってたんです!アダンも行ったことがあるし、知らないうちにChapさんのご飯を食べていたのかもしれません!東京って、広いようで狭い!
タイ宮廷料理×フレンチの姿勢=Chapさんスタイルのタイ料理
富ヶ谷新聞:
「都内のタイ料理っていうと、よく目にするのが”宮廷料理”っていう店と”イサーン料理”が二大巨塔なイメージですね。でもChapさんのタイ料理って、他にはない感じがするんですよね。何というか、丁寧な感じというか、きれいな感じというか…。ベースにフレンチがあることの影響なんでしょうか?」
Chapさん:
「タイ料理を知ったばかりの頃は驚きの連続でしたね。普通のタイ料理は細やかじゃないけど、宮廷料理はやっぱり王様が食べるものだから結構細やかなんですよ。王様が一口で食べられるような前菜をたくさん作ったり。
そういう細やかさはフレンチで身についてたせいか、現地のクッキングスクールのおばあちゃん先生に褒められましたね。自分で言うのは恥ずかしいんだけど、恵まれてたんだよね。フレンチやタイの宮廷料理を勉強する機会にたまたま恵まれたんでしょうね。
最初はリゾートホテルで一緒に働いていたタイ人もね、日本人が作るタイ料理なんて!ってバカにしてたんですよ。でもね、一緒に働くうちに“Chapさんってこんなのもつくれるの?”って驚いて、僕を見る目が変わったんです。」
富ヶ谷新聞:
「Chapさんのタイ料理が雑な感じがしないのは、本物の宮廷料理とフランス料理の影響なんですね。」
Chapさん:
「現地の屋台で売ってるような、クセの強いのもできるんだけどね(笑)。それこそ一言でタイ料理と言っても、北海道と沖縄の食文化が違うようにタイも南北で全然違う味わいがあるし、辛さも南北で全然違うんだよね。
南の方は海が近いからシーフードをよく使うし、そこら中に果物や唐辛子がなってるから生でよく食べるし。そういうのも大好きだけど、それは自分がおいしいって思えばいいわけで東京でお客さんを迎えるのに出すものはまた別のもの。」
富ヶ谷新聞:
「お料理をする上でこだわっていることはありますか?」
Chapさん:
「やっぱりね、ジャンル問わず手を抜いちゃだめだよね。ガパオひとつにしても、適当にひき肉とちょっと野菜入れて、なんとなくオイスターソースベースの味付けでできちゃうものだけど、ちゃんとガパオ(ホーリーバジル)を入れて辛みも効かせて丁寧に作らないとね。
料理する姿勢はフレンチの頃のが染みついてるかな。ソースも全部自分でつくるし、基本は塩コショウで始まる。そこから鶏や魚のスープを取ったり、手を加えて色をつけたりとか。タイ料理には日本人にとっての醤油の代わりにナンプラーがあって、勝手にコクが出るんだけどそれだけにはしないんです。食材にほんの少し下味をつけておくとか、そういうひと手間はしてますね。」
富ヶ谷新聞:
「Chapさんのガパオは野菜ゴロゴロでお肉も細かいひき肉じゃないからすごく食べ応えあるのに、さっぱり感もありますよね。野菜のシャキシャキした食感も良いし、変な甘さがなくて日本人になじみのある味がします。グリーンカレーもイエローカレーも、すごくまろやかでなめらかでクリーミーですよね。あの舌触りって、あまり他ではない気がします。」
Chapさん:
「僕は野菜が好きだからね。カレーもクリーミーでしょ。あれはね、宮廷料理のおばあちゃん先生が教えてくれた、日本的に言うところのココナッツミルクの一番出汁みたいなのだけ使ってるからなんだよね。」
富ヶ谷新聞:
「一番出汁!?わりとグリーンカレーとかって、サラサラのタイプが多いですよね。でもChapさんのはすごくこっくりとしてクリーミー。」
Chapさん:
「いや、出汁ではないんだけどね(笑)。 僕はちょっとこだわり過ぎなのかもしれないけど、ココナッツミルクを煮だした時にできる一番クリーミーな部分しか使わないんです。
プーケットのホテルでも、一番クリーミーな部分だけ使うって習ったんですよ。日本では缶詰のココナッツミルクを使ってるけど、缶の一部にしかないクリーム状の部分しか使ってないの。」
富ヶ谷新聞:
「そうなんですか!缶をよく振って開けたら、ざばーって入れるんだと思ってました!」
Chapさん:
「そうなの。1缶400mlくらいだけど、使えるのは300弱くらいなんじゃないかな。上澄みの部分だけで、下の水っぽい部分は使わないから。」
富ヶ谷新聞:
「なるほどー。そういうこだわりは、フレンチに通じるものを感じますね(笑)。カオマンガイにしても、ソースを添える感じとか。」
Chapさん:
「そう(笑)?カオマンガイのソースはね、プーケットにあったすごくおいしいカオマンガイ屋さんのソースを再現したくて、試作を重ねて真似してるんだよね。一生懸命真似したつもりなんだけど、やっぱりちょっと違う。僕のはやや生姜を強めに効かせてます。」
富ヶ谷新聞:
「そう、生姜がおいしいですよね!カオマンガイに2種類のソースが添えられて出てくるって、他にないですよ。」
Chapさん:
「鶏と生姜って合うんだよね! タイ人も日本人もそうだけど、人によって作り方って違うから僕も僕のスタイルができているのかな。」
まだまだ続く“食”への探求心
富ヶ谷新聞:
「Chapさんの“食”への探求はまだまだ続くと思いますが、どんなお店にしていきたいですか?」
Chapさん:
「今はまだTANA dinerに戻ってきたばかりだから、もっといろんなお客さんに知ってもらって回転させていくことでメニューのバリエーションを増やしていきたいですね。
ジャンルにもこだわらずに、今までやってきたことを活かして気まぐれメニューで気ままにやってみたいなと思います。この前も昔の知り合いが来てくれてチャーハンが食べたいって言うんで、あるもので作ってみたりしました。そういうのも楽しいよね。」
今は、グリーンカレー・イエローカレー・ガパオ・カオマンガイの4種類で、カレーとガパオはあいがけができます。これに、前菜(サラダ)とデザート、お茶がついて1500円はお得!満足度も最高です。
Chapさん:
「お得な気分になってくれたらうれしいですね。本当はもっといろんなメニューを出したいんです。それこそ、タヒチというお店にいた時は僕が野菜好きだからサラダだけで7~8種類あったし、カピというエビを発酵させたソースの炊き込みご飯とかも本当においしいからやりたい。カピのご飯は、現地ではカオマンガイより人気があるんですよ。」
富ヶ谷新聞:
「お得感ありますよ!デザートもポイントですよね。今はタイ料理になじみのある人は多いけど、タイ風のデザートってなかなか食べる機会はないんじゃないでしょうか。デザートにこそ、フレンチデセールの要素が活きてきそうですね!」
Chapさん:
「それはあるかも!タイのスイーツはね、現地の味そのままだと結構厳しいです(笑)。」
富ヶ谷新聞:
「クセ強めですか?」
Chapさん:
「クセも強いけど、食べてみると、もっとこうしたらもっとおいしいのになーっていう、ちょっと惜しい感じが多いのよね。やたら甘すぎちゃったり。」
富ヶ谷新聞:
「確かにChapさんのスイーツは甘すぎないし、見た目もきれいですよね。スイーツもいろいろ展開されていく予定ですか?」
Chapさん:
「そうだね。もっと多くのお客さんに来てもらえるようになったら、スイーツのバリエーションも増やしていきたいね。あとは料理ももちろんだけど、ここでのコミュニケーションも楽しんでもらえる場になったらいいなと思っています。
僕がいろんな人に出会っていろんな経験をしてきたように、ここでの出会いも大切にできたらなと思っています。今はランチタイムだけだけど、仕事中でもほんの少し気分転換になる時間になったらうれしいな。」
きっとChapさんは、料理の道に入ってからずっと情熱と探求心を持ち続け、行く先々での出会いを大切に道を切り拓いてきたのでしょう。単に「移動」を意味する言葉以上の旅を続けてきたChapさん。今後の展開も楽しみです。Chapさんのお料理を、ぜひ一度食べに行ってみてくださいね。
Chapさん、ありがとうございました!
Phi Phi
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取材/文 hazuki