「西原」は上原、初台、幡ヶ谷の三地域に囲まれた地域です。
西原のランドマークといえば、「渋谷区スポーツセンター」。
小学生の頃、友達とスポーツセンターのプールに行き、悩みに悩んで選んだアイスクリームを食べながら帰った記憶を懐かしく思います。
その渋谷区スポーツセンターのそばに、可愛らしい佇まいのパン屋さんがあります。
このパン屋さんに魅入られた私の友人曰く、「魔法にかけられてると思うほど美味しいパン」とのこと。
夕方にはパンはほぼ売り切れてしまう、という情報も聞き、開店と同時に取材させて頂きました。
開店時間まで10分。
「早く着き過ぎたかな・・・」
と思ったところ、地元の方々が数名開店を待っていました。
「これは・・・開店したらいち早くパンが並ぶ写真を撮らなければ!」
と焦り始めた私。
お店にはテラス席もあります。
※開店後撮影時にはテラスにお客様がいらっしゃいました。
看板も出ますよ。
ちなみにこの日は、「忘れてた、ははは(ご主人)」ということで、開店1時間後に出されたものです。
いざ、開店です!
パンの並ぶ写真、撮れました!
ふんわりふわふわ、良心的な価格で美味しそうなパンが沢山。
数は少なめで、その日に追加で焼くことはないそうです。
お話を伺おうとするも、どんどんお客様が入ってきてオーナーの棚谷(たなや)ご夫妻はてんてこ舞い。
みるみるうちにパンが消えていきます。
まずはパンとコーヒーを頂くことにしました(イートインができます)。
くるみパンとフレンチローストのホットコーヒーです。
キチンとパンを食べやすく切って頂いて、さらに温めてくれています。
いただきます!
ん!!!もっちもちの食感!
くるみは「サクサク」と「しっとり」の間の食感で、くるみそのものの味も濃いです。
何より、噛みごたえのあるもちもちのパンは、パンそのものの甘味を存分に感じられます。
パンってこんなに美味しかったんだなぁ、と再認識させられるほどの美味しさ。
そして、フレンチローストのコーヒー。
深煎りで、微かに酸味を感じますが、すぐに苦味と深みに包まれて喉の奥へ消えていきます。
落ち着きのある美味しさに安心感を覚えます。
美味しいコーヒーは、幸せを感じさせてくれますね。
食べ終わって、ゆったりとお店の雰囲気に身を委ねていると、カウンター辺り(レジ)が落ち着いた様子。
お話を伺うためにカウンターへ移動すると、わずか30分でパンが半分以上ありません。
「今日はちょっと早目に売れたかなー」
と、棚谷さん(ご主人)。
こちらのお店は、棚谷ご夫妻で切り盛りされていて、このご夫妻が本当に可愛らしいのです!
お店全体も可愛らしくて、絵本に出てきそうな雰囲気がありますが、棚谷ご夫妻自身も可愛らしく仲睦まじいユーモアのあるご夫妻です。
笑顔の絶えない、明るく朗らかなご夫妻とお話ししていると、こちらまで笑顔になります。
ただ、お写真は「恥ずかしいからダメ!」とのこと。
「(自分用に)コーヒー淹れてる姿だったら撮ってもいいよ」
とのことで、重厚でありながら温もりも感じられるカウンターと共にご主人も撮らせて頂きました。
お店の奥はカフェスペースです。
壁の素敵な写真は、お客様が提供して下さったとのこと。
お菓子も販売しています。
このビスコッティ、物凄く美味しかったです!
こちらが「パン工場」になります。
年季の入ったパンの型、オーブン、魅かれるものがありました。
富ヶ谷新聞
こちらのお店の開店はいつ頃ですか。
ご主人
えっとね・・・んー・・・13年前・・・ぐらいかなぁ・・・
富ヶ谷新聞
この内装はどなたかに依頼されたんですか。
ご主人
いや、僕と、知り合いの大工さんの二人で。
「ご主人は目につかないところを塗って下さい、僕が目立つところを塗りますから」
って、僕は下の方塗ってたりしたよ、あはは!
木を基調にしたデザインになっていて、深い色の木や明るい色の木のバランスが良く、温かく優しい雰囲気に包まれて、まるで絵本の中に入ってしまったかのよう。
ふと、小人たちのお家に入り込んでしまった白雪姫を思い出しました。
富ヶ谷新聞
コーヒーは、「イタリアンロースト」と「フレンチロースト」がありましたよね。
どんな違いがありますか。
ご主人
「フレンチロースト」は深煎りで、「イタリアンロースト」は超深煎り。
もうね、炭になる一歩手前よ。
ここで、奥様が再登場。
ご主人がすかさず、
「ねぇねぇ、ここ何年前にオープンしたっけ」
と奥様に確認されてました。
奥様
あー、13年前・・・だと思うけど、ちょっと待って。
と出して下さったのが、こちら。
「開店するときに皆さんにお手紙とチラシを送ったの」
同封のお手紙の日付は、平成18年でした。
13年前の6月オープンのお店です。
富ヶ谷新聞
ん?奥様のお父様がパン屋さんだったんですか?
奥様
そうなの、もうね、朝早くから大変そうで、子供ながらに「パン屋には絶対にならない」って決めてたの。
まだ薪をくべてパンを焼いてる時代だったから、尚更。
富ヶ谷新聞
でも・・・ここはパン屋さんですよね。
奥様
それがね、フッと何かがおりてきたのよ、「パン焼こう」って。
フッとおりてきたのよねぇ。
後は勢いよ、勢い。
今だったら考えられないわ、あまりに無謀過ぎて。
人生の分岐点に立たされた時、何かを決断するにあたって「判断力」の他に「勢い」も必要なことは私も多々経験してきましたので、奥様の言葉にいたく共感しました。
奥様
今はもうないんだけど、たまたま西原にパン教室があってそこに通ってて、作ったパンは持って帰ることができるから、主人が食べて「美味しい!これならパン屋できるぞ!」て。
そういうことも後押しになって。
パン教室に通っていた時も、「どうしてそんなに上手く出来るの?」と驚かれたそうです。
小さい頃にお父様の製パンのお手伝いをされていた奥様、無意識に手が覚えているのを感じたそうで、ご自身でも驚かれたそうです。
奥様
こういう住宅地の真ん中だし、普通のものを仕入れてただ売るだけじゃ商売にならないって思ったの。
あ、そもそもここ、自宅を改装してるのね。
富ヶ谷新聞
えっ、このお店、ご住居だったんですか!?
奥様
そうなの、パンが並んでるところは廊下、カウンターのこの辺りは和室で畳があって。
1階部分を改装してお店にしたの。
で、それでね、何か特長のあるモノを売ろう!と思ってて。
万人受けするモノよりも、自分達が良いと思えるモノや納得できるモノを売りたくて、うちのパンが苦手ならそれはそれで構わないって思ってるの。
少しの方々が気に入って下されば、それでいいの。
ここでふと、昔の私を思い出しました。
私は友達が少なく、友達の多い子が少し羨ましく思っていた時期がありました。
しかし、「自分を分かってくれる友達が数名いれば充分だ」という考えに触れて安心したことがあります。
人間でいう「個性」、商品でいう「オリジナリティ」、それらを理解し共感してくれる人の存在が大事なのであって、数はさほど関係ないということです。
商売においては、共感者が多い方が利益は上がりますが、オリジナリティを喪失してまで利益は求めない、ということなのでしょう。
奥様
今、オシャレなお店が沢山あるでしょ?
でも、そういうところで赤ちゃんや子供連れのお母さんが入りにくかったり、障がいのある人が入りにくかったりするじゃない?
うちはね、もうね、どーんなに騒いでも泣いても構わないの。
スロープもあるし。
笑顔でこんな風にお話しされる奥様。
同じ思いのご主人様。
電車で赤ちゃんが泣くと、気まずい思いをするお母さんが沢山いるという現代日本。
他先進国に比べ、障がいのある方への配慮やそもそもの認知がまだまだ低い現代日本。
地元のオアシスのような存在のジャムハウスさん、現代社会においてもオアシスなのでしょう。
奥様
赤ちゃんと言えばね、たまに「離乳食のパン、ありますか」って尋ねてくるお客様がいるの。
おっぱい終わりたての赤ちゃんが、うちのパンだけはもぐもぐ食べるらしいのね。
うちのパンは添加物が一切入っていないから、多分、今までおっぱいだけ口にしてきて添加物を口にしたことのない赤ちゃんは抵抗なく食べるのかもね。
こちらのお店のパンは、天然酵母と国産の小麦粉と少しの天然塩と沖縄産の黒砂糖しか使わないのだそうです。
ふむふむ、天然酵母。
酵母・・・?
富ヶ谷新聞
すみません、初歩的な質問ですが「酵母」とは何ですか。
奥様
酵母ってね、パンを膨らませるモノ。
うちは白神山地から送ってもらってる「白神こだま酵母」を使っているの。
ご主人様
普通はイースト菌でパンを膨らませるけど、白神こだま酵母は他の酵母の4~5倍のトレハロースが含まれてるのね。
だから甘味と保湿力が高いの。
ブナの木の葉っぱが地面に落ちて、それが腐葉土になって、そこから採取するの。
ごくたまにパンが売れ残ってしまうことがあるそうです。
その時は絶対に捨てずに、ご近所さんやお友達に配ってるのだそう。
食生活が豊かになった弊害として、食物の大量廃棄が現代日本の抱える問題の一つです。
ご近所さん方に配ることで廃棄ゼロ、頂く皆様はとても喜んで下さるそうです。
このジャムハウスさん、非常に「社会派」なパン屋さんであると深く感じました。
棚谷さんご夫妻、お忙しい中、本当にありがとうございました!
JAMHOUSE(ジャムハウス)
住所 東京都渋谷区西原1-35-8
TEL 03-3468-2807
アクセス 幡ヶ谷駅徒歩10分 初台駅徒歩10分
営業時間 11:00〜19:00
定休日 水曜日・木曜日
取材/撮影/文:寺脇千草