富ヶ谷で30年以上続く自家製酵母のパン作りで有名な「ルヴァン」には、人気のカンパーニュを使ったメニューなどが楽しめる隣接するカフェ「ル・シァレ」があります。まるで都会から離れた小さな町の一角のような雰囲気に惹かれて一足入ってみると、そこは五感のすべてから人の温かさを感じる空間でした。
この空間づくりの秘密や魅力的なメニューへのこだわりを探るべく、今回はスタッフさんにお話をお伺いしました!
富ヶ谷の「山小屋」で生まれる美味しいパンの食べ方と人々の繋がり
ル・シァレでも使用されているルヴァンのパンといえば、自家製酵母を使ったヨーロッパの伝統的な製法で作られる「カンパーニュ」ですが、以前はハード系のパンは巷であまり馴染みがない存在だったそうです。
富ヶ谷新聞:
「本日はよろしくお願いします!早速伺っていきたいのですが、元々こちらのお店はどのような経緯でお隣のルヴァンさんから派生されたのですか?」
スタッフさん:
「オープン当初の30年くらいは、まだ都内でも硬いパンはあまり馴染みのない存在だったんです。なので日本の食べ物やチーズとどうやったら上手く組み合わせられるのかを考えていました。今ほどチーズの種類が豊富ではなかった時代なので、知り合いのチーズ屋さんから仕入れたチーズを出してみたり…。だから日常で食べるパンの食べ方を気楽に座って楽しんでいただけたらなという思いで開けたんですよね。
例えば知り合いが来たとしても、こちらが売るだけだとせいぜい10〜15分で帰ってしまわれるんですが、こちらに座っていただくと1時間とか一緒に私たちとお喋りすることもできるので、そういった意味も含めて楽しみたいなという思いでオーナーは開いたんだと思います。」
富ヶ谷新聞:
「そうなんですね!こちらに初めて一人で伺った瞬間に私が感じたことは、すぐ近くには渋谷がある富ヶ谷という場所ではあるけれど、ここに座ると一気に田舎の小さな町に旅行しに来た感じがして。」
スタッフさん:
「え〜ありがとう。」
富ヶ谷新聞:
「はい、とっても落ち着く空間だなと感じていました。空間というと、お店の店名にはどのような意味が込められているのですか?」
スタッフさん:
「ルヴァンは『・』が真ん中になくて『自家製酵母』という意味なんですね。それでル・シァレは『・』が入って『山小屋』という意味があります。なのでル・シァレは山小屋風につくっています。」
富ヶ谷新聞:
「山小屋って登山する人同士が集まる場所なので、そこで色々な人が出会って会話もいっぱい生まれる空間ですよね。」
スタッフさん:
「そうそう。知らない人同士が隣り合わせに座るから、そこでお友達になれることもあって。山では必ず道ですれ違った時に『こんにちは』と声をかけるのね。そういうことが都会でもあればいいなという思いがオーナーにあったのだと思います。」
豊かな食材を使って食事にサプライズを!
富ヶ谷新聞:
「日替わりのランチプレートをいただいたのですが、二種のオープンサンドはきのこと柿が主役になっていて季節を感じました。」
スタッフさん:
「きのこのオープンサンドと柿のバタークリームですね。」
富ヶ谷新聞:
「バタークリーム!」
スタッフさん:
「そうそう。きのこの下にオニオンでソテーしているものは、ソテーしつつコクを出すためにバルサミコ酢を少し入れているんです。それで上は舞茸をさらっとソテーしたものをのせています。柿の方は、柿バターのバターから手作りしています。」
どちらのオープンサンドも噛めば噛むほど小麦の風味や酵母の酸味を感じるカンパーニュと具材の豊かな味を楽しめて、とっても美味しかったです!そして私がプレートの中で特に気になったのは、副菜に使われている見た目はひじきのような食材です。
スタッフさん:
「これはアラメと言ってひじきと似たような海藻の一種なんだけど、日本の素材をメニューに少し入れたくて。こういうサプライズみたいなものを絶対にのせたいんです。」
富ヶ谷新聞:
「サプライズ!素敵ですね。アラメは初めて名前を聞く食材でしたが食感も良くて美味しかったです。」
スタッフさん:
「ル・シャレはベジタリアンという縛りがあるわけではないのですが、野菜を楽しむっていうコンセプトでやっています。時にはお肉とかも使いますが、基本的に直接農家さんから送られる野菜を使っていたり、近所のオーガニックストアで長い付き合いの方から野菜を仕入れたりしています。
メニューに関しては、ここで作ったものを食べてくださった方がおうちで簡単に真似して作れるような感じで、『私もこれできるかも』と思ってくだされば嬉しいですね。」
確かに私もこのプレートを通して、日常生活で取り入れたいと思う食材や野菜の楽しみ方の幅が広がったような気がします。このようなメニューに込める思いをスタッフさんはさらにこう続けます。
スタッフさん:
「でもその中でも、『あれ、これ食べたことない。』っていうような素材?例えばバルサミコ酢とかってなかなかおうちにはないけれど『こういう風に使えばいいんだ!』っていうきっかけになったり、今日のお惣菜に入っているヤーコンもなかなか見ないような野菜だけれど直売所では手に入れられるような野菜を入れて、ちょっとしたサプライズのようにすると楽しいかなって思っています。」
富ヶ谷新聞:
「メニューの中に、食事が豊かな時間になるような仕掛けがあるんですね。」
スタッフさん:
「そうそう。あまり凝りすぎると非日常的になっちゃうんだけど、あくまでもうちのパンを買ってそれをおうちでアレンジして食べてほしいので、来てくださった方達が気軽におうちでも作れるような料理を提供できたらなという思いはあります。」
食材を調和させる鍵は「信頼できるもの・好きなもの」への追求
このような素敵な思いをもとに生まれるル・シァレのメニューですが、もととなる食材に対してもお店の方の信念が込められていました。
富ヶ谷新聞:
「食材を仕入れていらっしゃる農家さんとはずっと前からお知り合いなんですか?」
スタッフさん:
「うん。麦の農家さんもずっと前から知り合いだし、週1でお野菜を送ってきてくれる群馬の農家さんも、オーガニックストアに卸している人たちもみんな知り合いなので『そこの野菜だったら美味しいよね』っていう”信頼”の気持ちがありますね。
食材が足りない時は直売所とかでも買ったりするんだけど、誰が作っているのかをすごく重要視してます。」
富ヶ谷新聞:
「”信頼”を大切にしていらっしゃるんですね。」
スタッフさん:
「たとえばファームドゥという仕入れ先からの全ての野菜には、生産者さんの名前が付いているんです。それで買ってるうちにだんだんと『この人のだったら安心だ、絶対味が濃いよね。』ていう人に出会うんですよね。結局そういう好きな野菜の人って繋がっていくんです。
だから多分自分たちが好きなことを追求していたりするうちに、同じような趣向の方や物と繋がるっていうことは不思議かもしれないけど、人の想いってそういうものなのかもしれない。」
富ヶ谷新聞:
「それらがここで作られているパンと一緒になって、絶妙な調和を生み出しているんですね。」
スタッフさん:
「そう思っていただけたらすごく嬉しいです。」
店主のこだわりの詰まった空間でほっと一息
店内は木を基調としており、山小屋をイメージしたつくりやインテリアの数々が私たちを自然の世界に連れ出してくれます。
そして見渡すと壁一面に絵が飾られており、お食事を待つ間なども素敵な作品に心惹かれます。
スタッフさん:
「実はここは展示スペースになっているんです。席数も限られているからコロナ以降はあまり大々的にはしてないんだけど、今は自分たちが企画を立てた展示を続けています。ひとつ前の展示ではオーナーの本が3冊目が出版されたので、オーナーの絵を飾っていたんです。それでメニューにもオーナーの本に沿った絵柄が入っています。
よく見てみるとこの壁、穴がいっぱいあるじゃないですか。これは元々ある穴じゃなくて、もう20年以上ここで展示して開けた穴だから、ちょっと歴史を感じますね。」
富ヶ谷新聞:
「そうだったんですね!目に見えてここに刻まれた歴史の豊かさがわかりますね。」
スタッフさん:
「あとオーナーが民藝とかが大好きで、そういう交々としたものは展示した人から買ったり、民藝店や美術館で購入して勝手に飾ってます(笑)。あ、そこにあるみかんも勝手に置いてありますね。」
富ヶ谷新聞:
「あのみかんもなんですか!」
壁沿いの机をよく見ると、みかんがちょこんと置いてありました!(ちなみに取材後に「持って帰っていいよ!」と私にくださいました(笑)。)
スタッフさん:
「オーナーは自分の部屋みたいな気持ちもありつつ、ここを楽しんでるんじゃないんですかね。」
富ヶ谷新聞:
「私の家にも今の季節常にみかんがあるので、まるでおうちの中みたいな温かさや安心感も感じます。」
スタッフさん:
「そう、インテリアの作り方も普通だったらスタッフが背中を見せるってことはないけれど、敢えてヨーロッパの田舎のキッチンや、日本だと料理中のお母さんの背中を見ながらという生活の一場面のようなイメージで、ここを敢えてキッチンが席と繋がっているような空間にしています。私たちが作っている様子を見て、実家に帰って来たかのようにご飯を食べるっていう気持ちもあると思います。」
富ヶ谷新聞:
「席から見えるこちらのキッチンのインテリアがとっても素敵で印象的でした。壁に貼ってあるタイルなどの装飾はどちらから持って来られたものなんですか?」
スタッフさん:
「ありがとうございます。オーナーとオーナーの友人の設計士の方が色々なアンティークショップを回ったり、ヨーロッパに行ってパーツを集めたり、自分たちが買い付けたものをここで使ったりしています。あとは貰い物とかお友達が作ってくれたものも使っていますね。
本当にル・シァレは初期からそうやってオーナーが見立てたものを設計士さんと時間をかけて構築するような、そんなお店の空間ですね。」
止まり木のような拠り所として時を紡ぐ
富ヶ谷新聞:
「ここまでお話を伺ってきて、人と人の繋がりを大切にするお店づくりがとても印象的でした。その中で、この富ヶ谷という地域ではどのような存在になりたいかという展望はありますか?」
スタッフさん:
「なりたいか…なりたいってものはないかもしれないです。オーナーがここにお店を作ってだいたい30年くらいになりますが、地域の中の存在だけではなく家族という輪もあって、それがだんだん大きくなってこの世の中っていう風になると思うんだけど、その輪がどんどん大きくなるほど面白いし。でもそれらって複雑だけど本質は全部同じものだという気がするんですよね。
富ヶ谷にいて、この場所でお茶していってくれたり、あとは子育て中の親御さんも気兼ねなくベビーカーでパンを買いに来てここで一息ついてくれたり。『拠り所』的な部分でうちが存在していれば嬉しいし、相手もそういう風に思って接してくれたらすごく幸せだなと思います。」
富ヶ谷新聞:
「そうなんですね。都会の地域では人と人との繋がりが希薄な所が多いのにもかかわらず、その中でル・シァレさんのような存在って結構珍しいですよね。」
スタッフさん:
「なんかね、うちよりも長く富ヶ谷に住んでいる近所の方がこの地域のことを沢山教えてくださったり、あとはお惣菜を持ってきてくれたり!そういうことが気兼ねなくできる場所だからすごく嬉しいです。
あとは近所の子で、赤ちゃんの時はヨチヨチ歩きしていたような子が今は中学生だったりして。そういう変化も嬉しいんです。なので止まり木のような拠り所というか、そういう子たちにとっても迷った時にちょっとお茶飲んでいってくれたりしてくれたら良いなと思います。」
富ヶ谷新聞:
「お店と一緒に人生を歩んでいるんですね。」
取材中にも、お母さんと一緒に来店したお子さんに対してスタッフのみなさんが笑顔でコミュニケーションを取っていたことがとても印象的でした。ル・シァレで過ごす穏やかな時間は、生き急いでしまいがちな現代の人々にとって、少し立ち止まって一息つくきっかけを与えてくれるのではないでしょうか。
こだわりと人の温かさが詰まったこの空間で食事を楽しみ、自家製酵母のパンの美味しさを是非再発見してみてください!
ル・シァレ(Le Chalet)
東京都渋谷区富ヶ谷2-43-13
営業時間:10:00~L.O.17:30
定休日:月曜日(火曜日もお休みになることもあります)
ルヴァン富ヶ谷店のInstagramはこちら
(ル・シァレの情報も掲載されています!)
取材・文 / 須田